童謡の里 龍野 碑巡り

31「松尾芭蕉」の句碑

何の樹の花とはしらずにほひ哉

■所在/龍野町日山 粒坐神社境内石段中段右
■建碑/安政5年3月

この句は、芭蕉が貞享5年(1688年)伊勢神宮に参拝したとき詠んだ句で、西行の「何事がおはしますかはしらねどもかたじけなさに涙こぼるる」とよく対比される句である。書は俳人花屋庵鼎左の字。鼎左は大阪の人で幕末から明治初年にかけて来龍し、龍野社、梅窪社の社中が建碑した。鼎左は明治3年(1870年)大阪に没した。68歳であった。

32「関口久宣」の歌碑

神垣の花も紅葉もいろいろに眺めもひろしこれのゆにはは

■所在/龍野町日山 粒坐神社境内石段中段左
■建碑/明治20年

関口久宣は、粒坐神社の神官で、国学の造詣が深く和歌をよくした。また藩の礼儀指南役でもあった。
この歌は、明治25年粒坐神社の神域を拡張したとき作った一首である。明治42年に没し、行年74歳であった。